天理教2.0になるためのコムヨシブログ

23歳で天理教の教会長に就任。 従来の布教活動を心から楽しめず、自暴自棄になる。 ブログという新しい可能性と出会い、新しい教会と信仰のあり方を模索。 お供えに依存しない教会を目指し、自分の才能を活かして自分の力で稼せぎ、のびのびと楽しい信仰のあり方や生き方である【天理教2.0】を自分のスタンダードにしたいと考えている。 青森県出身 天理高校卒 天理教語学院スペイン語コース卒 天理教コロンビア出張所にて2年間勤務。上級青年勤め後23歳で会長就任。既婚/子供3人/33歳

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19歳のコムヨシを突き動かした天理教の世界観を大公開

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どうも、コムヨシです。

 

自分の人生、自分で選択してますか?

 

ボクは現在、天理教の教会長をやっています。

もちろん自分で選択した道です。組織の中に属す以上、自分の思い通りにならないこともたくさんあるわけですが、それでもボクは天理教をやっていてよかったと思っています。

 

最近、ボクのブログを色々な方に見てもらえるようになってきたんですが、

 

天理教のどういう世界観に魅了されたのかが書かれていたら、読者に天理教の魅力とか、コムさんがどういうところに魅力を感じるのか、なぜ、天理教の道に進んだのかが伝わって、もともとコムさんが「伝えたい」と思っている天理教の魅力を発信できるんじゃないかって気がします。

とか、

娘さんの耳のことに前向きになれたのは、天理教とのこと。

どういう教えが、そうさせたのでしょうか?

 

といった、助言や質問をいただくようになりました。ありがたいっす。

 

もともと、このブログは天理教のことを発信するというよりは、自分の頭の中を整理することがメインだったので、自分がなぜ天理教の道を選んだのかについては、突っ込んで説明することはありませんでした。

 

このブログを開始してから8ヶ月ほどたちますが、頭の中の整理はある程度出来てきたので、今後は、ボクがどうなっていきたいのか、どんな人を増やしていきたいのか、どんな世界にしていきたいのか、そんなことを発信していきたいと思っています。

 

今回は、

  • なぜ天理教の道を選んだのか
  • どんな世界観に魅了されたのか

その辺をまとめてみます。

 

 

空前絶後、超絶怒濤の環境がもたらした劇的な変化

そもそもボクは

なので、天理教が生活の一部という環境で育ちました。

 

「教会育ちあるある」だと思いますが、気づいた時には天理教が生活の一部になっていたというだけで、反抗期や学生時代に自ら進んで信仰しようという人はほとんどいません。(ごく希な種族は存在するようですが)

 

ボクももちろん信仰していたわけではありません。天理高校に進学したのだって

  • 大阪に近い
  • 家から出られる

というだけの理由でした。

その思いは在学中もまったくブレることはありませんでした。

とはいえ、天理教が嫌いという感情は全くなかったので、いつかは教会を継ぐんだろうなぐらいには思っていました。でもそれは自分がいいおっさんになった時だろう、ぐらいにしかイメージしてませんでした。

 

天理教の魅力で溢れていたクラスメイト達

そんなボクに、早々に転機が訪れます。

 

ボクは、まったく興味のなかったTLI(天理教語学院)に進学しました。

早く世間で働きたいと思っていたボクでしたが、「どこでもいいから進学しておけ」という親の思いに応えるべく、修業年数が1年間という魅力的な文言に誘われ、まったく興味のないスペイン語を勉強することになりました。

 

入学して一週間、ボクは完全に天理教が好きになっていましたwwww

 

ボクがたまたま選択したスペイン語コースには、ボクを含めて6名の生徒がいたんですが、驚いたことにボク以外全員が天理教大好き人間だったんです。

でもそれは、よくよく考えたら当たり前のことで、TLIっていう学校は天理教の教えを海外へ伝える布教師、つまり海外布教を志す人を育成する学校なので、逆にいうと天理教が好きな人しか集まりません。

もちろん(ボク以外の)全員が目標をもって入学してきていました。例えば、

  • アルゼンチンは国の経済が崩壊しているのに、なぜ現地の人達は陽気なのか知りたい
  • ペルーの教会で現地の教友の力になりたい
  • 研修で行ったメキシコの教会に語学力を身につけてもう一度行きたい

などなど。

なんとなく海外が好きだから、っていう人は全然いなくて、卒業後のことをちゃんと視野に入れて入学してきている人ばかりだったんですね。

つまり、ボクには完全に場違いなところだったってことです。

 

でも、その環境の中でボクが感じたのは違和感や嫌悪感ではなく、魅力だったんです。

とってもみんなが魅力的だったんです。

クラスメイトの中で同い年はたったの一人で、他の4人はみんな年上でした。それも大きな原因だったのかもしれません。

 

セミプロスノーボーダー▶︎バックパッカー▶︎天理教布教師

超絶にクセが強い(褒めてるんですよ)クラスメイトの中で、ひと際クセの強い男がいました。

彼はボクより年齢が9つも上ですが、ボク以上に若いココロを持っていて、とても自由でピュアな男です。トムソーヤに憧れているとも言っていました。ヤバいですよね。(褒めてるんですよ)

 

彼はあまり熱心ではない信者家庭に生まれ、そこまで天理教とは深い関わりをもつことなく社会人になりました。

彼はスノーボードが得意で、プロまではいきませんでしたが、スポンサーがつくくらい高いレベルだったそうです。

そんな彼が、あるスノーボードの大会で大技に失敗し、激しく転倒し大けがをしてしまうという事故にあいました。幸い命に別状はなかったものの、これまで挫折というものを知らなかった彼にとって、その事実は受け入れがたいものだったといいます。

 

 

現実から逃れるように、カバン一つだけ持って海外での放浪生活が始まります。

アジア、アフリカ、ヨーロッパをゆっくり周り、行く先々で友達をつくっては、人間というものについて深く考えたとか。言葉が通じないからこそ感じることができる人間の心というものに触れた瞬間でした。

 

人間というもの、世界というものに感動して帰国した彼は、所属の天理教の教会に挨拶に行きました。実は教会とは親戚関係にもなるんだとか。

 

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バックパッカーとして世界を見て回ってきたこと、そこで感じた世界の素晴らしさを会長さんに伝えたそうです。すると会長さんは、

 

天理教には修養科っていうところがあるんだけど、今の君にぴったりだと思うから行ってみたら?」

 

海外生活で得たものの一つに、未知なる世界への冒険という概念が彼にはあったので、天理教という未知なる世界への扉を開けるにはさほど時間はかからなかったでしょう。

 

修養科で見たり聞いたりする内容は、これまで自分が世界を歩いて体験してきた感覚やイメージを、見事に言語化してくれたのだそうです。

彼は完全に天理教の虜になり、この素晴らしい生き方を世の中に伝え広めたい、と思うようになったのだと言います。

 

修養科卒業後、勧めもあって天理教少年会に勤務することになりました。子供と接することが大好きだったので、自分に向いていると感じたんでしょう。

しかし、そこにあったのは自分が大嫌いな年功序列という組織形態でした。

天理教少年会がやっていることや、理念は素晴らしいのだけど、それを実践している組織に魅力を感じることができず、彼は一年間で少年会を去ります。

 

時は2002年日韓ワールドカップ。

日本中が熱狂したワールドカップに、アルゼンチン代表も出場していました。

当時、アルゼンチンは国の経済が崩壊して、国民はにっちもさっちもいかないような状況になっていたらしいです。

そんな状況にも関わらず、いざワールドカップとなると陽気にはしゃぎ回る国民達。

彼はそんな姿に感動を覚えましたが、一つの疑問も浮かびました。

「なぜ国が最悪の状況なのに、この人達はこんなにも陽気になれるんだろう」

 

現地に行って彼らの言葉で、彼らの思いを聞いてみたい。

 

そんな思いが、彼を突き動かし、TLIへ入学することになりました。

 

前を向いている人の言葉や思想は人の心に突き刺さる

彼の話しを聞けば聞く程、ボクは海外に興味が湧いたし、天理教という教えに対しても大きな可能性を感じるように変わっていきました。

彼は、自分の軸というものがちゃんと明確になっていました。

だから、自分は何が好きで、何に不満を感じて、どんな自分になりたいのかっていうのをはっきりもっている人でした。

そして、その軸をちゃんと言葉で説明できる人でした。

 

彼が修養科で一番感動したのは恐らくですが、自分の軸を天理教の教えが言語化してくれたっていうことだと思うんです。

 

彼の口から発せられる天理教の教えの数々に違和感を感じず、むしろ魅力を感じたのは、彼自身が魅力的だったからなんです。

ボクは、そんな魅力的な彼を更に魅力的にしてくれている天理教の世界がどんなものなのか、もっともっと知りたいという欲求にかられるようになりました。

 

 

天理教を軸に生きていくことを決定づけた「二つ一つが天の理」という教え

 天理教の世界観を真っ正面から受け入れる体制が整ったボクに、更なるラッキーが続きます。

TLIのスペイン語コースには「ラテンアメリカ社会学(うろ覚えです)」という講義が周1でありました。

講師は、天理大学の名誉教授でブラジル学科創設に尽力された方。確か信仰は初代だったように思います。

 

もちろん講義はラテンアメリカの社会を学ぶんですが、十中八九、天理教の話しに話題が逸れます。

天理教の話しといっても、原典がどうとか、教義がどうとか、そんな小めんどくさいことではありません。

 

  • なぜ教祖殿があるのか▶︎そこに教祖がおられるから▶︎教祖に会いにいけ
  • この世の中は全て「二つ一つ」で出来ている
  • 「二つ一つ」は相反するものがそれぞれの徳分を提供し合う姿
  • 祭文で「親神天理王命」という理由▶︎「親神」と「天理王命」には別々の役割がある▶︎親神=創造神、天理王命=守護神▶︎二つ一つ
  • この世のモノは全て「男性」と「女性」に分けられる
  • スペイン語では名詞が「男性詞」と「女性詞」にわけられる▶︎だからスペイン語は面白い
  • 「時間」=「女性」、「空間」=「男性」▶︎「創造神」=「女性」、「守護神」=「男性」▶︎親神=女性、天理王命=男性

 

つまり、小めんどくさいどころか、まったく訳分かんなかったってことです٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

でも、なんとなくボクの中で納得いくところがありました。

 

この世は相反するもので成り立っている

 

よくよく考えてみれば、

  • 男:女
  • 地:天
  • 親:子
  • 月:太陽
  • 骨:肉
  • 火:水
  • +:−
  • 上:下
  • 右:左
  • 生:死

挙げればキリがありませんが(決して思いつくのが限界だった訳じゃないですよ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶、この世は本当にビックリするくらい相反するもので構成されています。

 

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しかも、それは神様がわざとそういうふうにプログラミングしているっていうことなんですね。

相反するものが協力するのがなんで素晴らしいのかっていうと、更に新しい概念が生まれるっていうことなんですね。

簡単なところで例を挙げると、

  • 火+水=お湯
  • 火+水=風
  • (+)+(−)=電気

これって、当たり前のことですけど、めちゃくちゃすごくないですか?

本来ならば、絶対に仲良くなるはずのない概念が、お互いの徳分を提供し合うことによって、これまでなかった概念が誕生するんです。

面白すぎる!

 

教えを伝えてくれた教祖に会いにいくという参拝スタイル

そしてそれを教えてくれたのが、教祖だったんですね。

講師の先生は、常にこの世の真理を考えていて、新しい発見があるとすぐに教祖殿に走るそうです。

「今日はこんな気づきがありました。教祖はこのことを仰ってたんですね」

という風に、直接会いにいって感謝の言葉を伝えるのだそうです。

 

神殿に参拝する時って、親神様▶︎教祖▶︎霊様っていう感じでパターン化されてて、それが当たり前だと思ってたけど、「教祖に会いにけばいい」という発想がとても新鮮でした。

 

自由な信仰スタイルは、この先生から教えてもらいました。

 

 

天理教の教えはこの世界の真理だから、教えを知らなくても真理を実践している人はやはり成功している

 天理教の教えを知らないと、幸せになれないのではなくて、この世界の真理=この世の法則に則って行動している人は、成功している人だったり、人から慕われる人になっているんです。

 

ガッテン!ガッテン!!

 

なるほど。

こんな素晴らしい世界観があるなら、ボクはもっともっと学んでみたい。

そして、この世界の法則を知らずに苦しんでいる人がいるなら、ボクはその人の力になりたい。

って思うようになったんですね。

なんて素晴らしい若者なんでしょうか。

 

 

天理教への入り口は人それぞれだけど、一番大事なのは環境

今回は、ボクが19歳の時に体験した環境の変化を中心にまとめてみましたが、改めて振り返ってみると

  • 天理教にはまったく興味なかった
  • 魅力的な人から語られる天理教の教えが新鮮で心地よかった
  • 心が開かれ、天理教を真っ正面から受け入れる環境が自然と整った
  • 講師から聞く天理教の教えは難解だったが、普遍的かつ具体的な内容で、この世界の真理だったから素直に納得できた。
  • 教祖が大好きという姿勢に心が打たれた
  • もっと学びたい、と同時に「伝えたい」という意欲が湧いた

 

スペイン語のクラスメイトと出会っていなければ、ボクが天理教を素直に受け入れる環境は間違いなく整っていなかったでしょう。

あの一年間がボクの運命を決定づけたと言っても過言ではありません。

あれ以上のターニングポイントは未だかつて体験していないし、あのクラスメイト以上の出会いもありません。

ラッキーとしかいいようのない環境でした。

 

一番大切なのは、天理教を信仰するのではなく、陽気ぐらしを実践すること。

いま、なんらかの事情で前向きになれない人はたくさんいることだと思います。

それはその人が悪いんじゃなくて、完全に環境に恵まれなかったってことだと思います。とても残念で可哀想なことです。

 

でも、今はSNSなんかで、色々な人と繋がることができます。自分にとって有益な人とだけ情報交換ができる時代になりました。

 

だからといって自分を取り巻く環境が改善されることに直結はしないでしょう。

でも、いつまでも受け身になっていては何も始まりません。

 

自分にとって有益な情報を提供してくれる人と積極的に繋がって、自分にできることを探してみて下さい。そしてそれをどんな形でもいいので発信してみて下さい。

 

それを繰り返すことで、自分の軸が少しずつ太くなっていきます。

今まで煩わしいと思っていたことが、どうでも良くなっていきます。なぜなら、自分はもう自分で行動できるから。誰かの指示を待たなくても自分で自分の行きたい方向に向かえるからです。

 

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するとどうなるか。

あなたを支持する人が現れるのです。あなたの考えに共感する人が出てくるのです。

そして、あなたはその人にこう伝えるはずです

 

「あなたも行動してみて下さい」と。

 

この連鎖が続いていくことによって、自然と大きなコミュニティが形成されていくはずです。

自分たちが理想とする組織がないなら、自分たちでつくりましょう。

 

ボクをこの素晴らしい道にいざなってくれたのは環境でした。

ならば、今度はボクが環境を提供する番でしょう。

 

今のボクにできることは本当に些細なことだけど、それでも楽しみにしてくれている人、期待してくれる人が一人でもいるなら、ボクの活動は大きな「人だすけ」になると信じています。

 

あなたも是非、何かを発信してみて下さい!あなたの発信を待っている誰かのために。

 

 

 

かなり長文になってしまった。。。

 

 

今日も一日陽気ぐらし!