天理教2.0になるためのコムヨシブログ

23歳で天理教の教会長に就任。 従来の布教活動を心から楽しめず、自暴自棄になる。 ブログという新しい可能性と出会い、新しい教会と信仰のあり方を模索。 お供えに依存しない教会を目指し、自分の才能を活かして自分の力で稼せぎ、のびのびと楽しい信仰のあり方や生き方である【天理教2.0】を自分のスタンダードにしたいと考えている。 青森県出身 天理高校卒 天理教語学院スペイン語コース卒 天理教コロンビア出張所にて2年間勤務。上級青年勤め後23歳で会長就任。既婚/子供3人/33歳

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なりたい自分があるならとりあえず名乗れ

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どうも!コムヨシです!

 

あなたには夢はありますか?この先どんな自分になっていたいですか?

なりたい自分とか、将来の夢があっても、どうせ自分は無理!夢なんて抱くだけ無駄!

 

ボクもつい最近までは、「夢を叶える」っていう言葉の響きにあまり共感をもてませんでした。

でも今は違います。

 

夢は叶うんです。

決して、何かを達成したわけではないし、達成できるかどうかもわからないけど、夢を叶えられる人とそうでない人の違いが、ぼんやりですがわかってきたので、その辺をまとめてみようと思います!

 

 

 

「時間は未来から過去に流れてきている」という思考

いきなり意味わかんないっすよね!?

ボクも最初聞いたときは耳(目)を疑ったし、理解しようにも意味が分からなかったんです。

じゃあ今はわかってんのか?って聞かれると全然自信はないんだけど、なんとなくわかってきたんです。

 

どういうことか。

 

普通の感覚だと、「過去の時間の積み重ねで今の自分がある」って思うじゃないですか。ボクもずっとそう思ってきたし。

 

実はこの考え方って、江戸時代は常識だったらしいんです。明治維新によって時間のあり方も変わってしまったんだって。

 

現代の時計って時刻が固定されていて、針が前に進んで行きますよね。つまり、時間が過去から未来に進んでいる考え方ですね。

 

しかーーーーし、江戸時代までは針が固定されていて、逆に時刻が刻まれた文字盤が動くっていう時計だったみたいなんですね。

 

つまり、未来から過去に時間が過ぎて行くっていう考え方のもとに作られた時計だったってことみたいなんですね。

 

で、決定的に何が違うのかって言うと、

 

過去から未来に時間が流れている考え方だと、

  • 夢をかなえるために一生懸命がんばる!
  • もっと実力がついてから踏み出そう!

 

っていう漠然とした、不確かな、頼りないイメージしか出来ないから、行動も漠然としたものになったり中々継続出来ないと思うんですよね。

 

でも、未来から過去に時間が流れている考え方の人は、

なりたい自分を具体的にイメージして、そのために今の自分は何をすべきか、どこへ向かうべきか、誰と繋がるべきか、どんな情報が必要かっていう逆算ができるようになると思うんですね。

 

これって、今を一生懸命頑張っているっていう点では両者は外見的には一緒なんです。

 

でも目的地への到達スピードが圧倒的に違うんですね。

 

 

 

自分の「want」に従うと明瞭な未来が見えてくる

例えば、

①旅行に行きたい!っていう人と、奈良県天理市に行って天理教本部を参拝したい!っていていう人がいるとします。

 

①の人は具体的な場所も決まってないし、そこで何をするかも決まってません。

②の人は、目的地もハッキリしていて、そこでやりたいことも決まっています。

 

そのあと取る行動がどうなるかというと、①の人は、

  • とりあえず「るるぶ」買いにイオンに行く
  • ネットで観光地を探す
  • 探すのに疲れていつのまにか旅行に行きたい気持ちを忘れる
  • お金がもったいなくて諦める

 

それに対して②の人は、

  • 旅費や移動手段の計算
  • 日程の調整
  • とりあえずチケットを予約

 

両者とも一見すると、「調べる」という同じような行動をとっているように見えますが、本人のモチベーションには雲泥の差があります。

 

もちろん、これはあくまで例えなので、漠然と旅行に行きたいっていうのが悪いっていうのではないですよ。例えです例え。

 

②の人は目的地と、そこでやりたいことも具体的に決まっています。つまり自分の「want」に従って動いているから、たとえ旅費が足りなかったとしても、どうすればお金が貯まるかを必死に考えます。日程がなかなか調整できなくても、なんだかんだで調整してしまいます。なぜなら、行きたいから。

 

自分の中の「want」に従い、しっかりとイメージすることが自分の未来を作るってことじゃないかなって思うんです。その未来が決まってしまえば、あとはそこに向かって行くだけなんですね。途中で迷うこともあるかもしれないし、止まらざるを得ない状況になるかもしれないけど、いつか必ずたどり着くんです。なぜなら、行きたいから。

 

これは夢も同じなんですね。

 

ボクがこの考え方を知るきっかけになった記事です↓

rutty07.com

 

 

 

先入観を捨てて、とにかくなりたい自分を名乗れ

未来から過去に時間が流れるっていう感覚は、すぐ身に付く訳ではないと思うけど、意識するだけで自分の行動がどんどん変わってくると思います。

 

で、その感覚を身につけるために一番手っ取り早い方法が、なりたい自分とか肩書きを今から名乗っちゃうっていうことですね。

 

出来るとか、出来ないとか関係ないんですね。名乗るのは勝手ですから。

 

そんな考え方に触れるまでは、やっぱりボクも恐かったし、自分に自信もてなかったし、とにかく実力とかお金が蓄積してから踏み出そうって思ってました。

 

でもそれだと遅いんですね。遅いっていうかスタートすらしない可能性の方が大きいん

です。

名乗っちゃうと、もうやるしかなくなるんですね。

 

 

ボクは数ヶ月前から、「天理教2.0コンサルタント」っていう意味不明な肩書きを名乗ってます。

 

天理教2.0コンサルタントが一体どんな仕事なのか自分でもよくわかってません。

でも、天理教2.0コンサルタントになりたいんです。

 

いまの天理教で消耗してる人、教会活動に未来を見いだせない人、以前までのボクがそうであったように、そんな人たちの力になりたいって思ってます。

 

おそらく、その関わりの中で自分の役割というか、天理教2.0コンサルタントとしての具体的な使命というか、活動が見えてくるんだと思うんですね。

 

いまの天理教に吐き気がしてる人ってたくさんいると思うんです。

 

じゃあどうすれば吐き気が治まるのか。

 

自分はどんな世界観の中で暮らしたいのか。それをイメージすることが一番大事です。

 

ボクはお供えに依存しない教会っていうのを目指してます。そのためには自分が稼げないといけません。でも会社で働きたくないし、バイトもしたくない。

自分の好きなこととか得意なことを活かして稼げるようになりたい。

 

今はまだぜんぜんたどり着けてないけど、そこへ行きつくための道順はだいたい見えてきたし、妻ともそのイメージを共有できてきています。

 

ボクも妻も、いま自分達が置かれている状況には毎日吐き気が止まらないわけだけど、自分達のイメージに少しでも近づければ、その吐き気は少しずつ治まって行くとおもうんです。

 

あなたの吐き気を少しでも和らげてあげたいから、ボクはまず身を以て前例を作りたいし、そんなあなたに見ていてもらいたいです。

でも、あなたのそのツライ吐き気を解決できるのは、あなたしかいません。あなたが最高に幸せな未来を具体的にイメージし、そこに向かうことが出来れば必ずその場所へ到達できるはずです。

 

「先回りの守護」ってこういうことなのかなって思ったりしています。

 

なので、なりたい自分を明確にイメージして、公言しちゃいましょう。TwitterとかSNSで。心配しなくても大丈夫です。人ってそんなに人のこと見てませんからww

 

でも人って、見られてる意識がないと中々自分のこと変えるのって難しいから、たとえ人に見られていないとしても、人に見られる環境の中で公言するっていうのはとても大切なことなんですね。

 

名乗ったらあとはやるだけです。

 

さあ、一緒に吐き気を治めにいきましょう!!

 

 

今日も一日陽気ぐらし!