【教会長物語】教会長就任当初のコムヨシの情けない布教活動を思い切って大公開

どうも、ブログを始めてからというものめっきり布教らしい布教をしていない、コムヨシです。

布教してますか?

にをいがけしてますか?

って聞かれると、なんだか心のずっと奥の方がズキズキします。

そんな経験ないですか?

ボクは、ズキズキするのがイヤだったから、ズキズキしない天理教信者になりたかったから、なんとか布教ができる人になろうと必死になっていたのかもしれません。

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会長就任当初はどんな布教活動をしていた?

当時のボクの布教経験と言えば、青年会で月に一度行っていた神名流し程度のものでした。

神名流しも多勢だから出来ていた部分がかなりあって、1人でやるのはとても勇気が要るレベルでした。

立場は人を変えるといいますが、ボクもご多分にもれず多少なり変化することができました。変化せざるを得なかったというのが本音でしょうか。

「会長が1人で神名流しくらいできないでどうする」

そんな思いを自分自身に突きつけ、追い込んでいたのでしょう。

よく言えば「追い込み」ですが、悪く言えば「先入観」というやつです。

これはボクの悪いクセでもあるんですが、とかく先入観をもちやすい性格なんですね。

「◯◯は◯◯あるべきだ」

自分で勝手に理想をイメージして、そこに近づけようとするのは良い事だと思うんですが、その理想に近づけなかったり、理想とは違う感じになってると、それがいけないことのように感じてしまうんです。

「こういうのもアリだな」

って言う風になかなか思えない自分がいます。

なので、当時はとにかく理想の布教師になろうなろうと必死にもがいていました。

でも、なれないわけです。

なれないというか、布教にすら出られなかったんです。

当時のボクの中での「布教」は、戸別訪問が最も素晴らしいものだという考えがありました。

とにかく毎日毎日、一軒一軒歩く。

これが最高の布教だ。

と思い込んでいました。もちろんその考えが間違いだとは思いません。

ただ、あまりにもその「スタイル」に固執してしまった挙げ句、理想と現実の狭間で勝手にもがき苦しむ事になりました。

所謂「負のスパイラル」というものに陥りました。

・会長は、布教師はこうあるべきだ

・断られるのが恐くて布教に出られない

・布教にすら出られない会長はサイテーだ

・オレはサイテーだ

この負のスパイラルからは中々抜け出せませんでした。

ブログというアウトプットと出会っていなければ、未だにそのスパイラルをさまよっていたのかもしれません。

布教ができないコムヨシの一日を大公開

ボクは朝が尋常じゃないくらい苦手です。

もうその時点で、自分を許せないんですね。

・会長は誰よりも早く起きて朝勤めの準備を整えるものだ

・ほとんど朝は起きれない

・早起きできない会長なんてサイテーだ

・オレはサイテーだ

別の負のスパイラルが出現しました。

起きようと思っていた時間に起きれなくても、目覚めたらすぐ体を起こせばいいのに、ボクはそんな自分がイヤになって起きるのがイヤになっちゃうんです。ウジウジしちゃうんです。

それで結局、昼前とか昼過ぎとかにようやく起きるわけです。

テキトーに食べる物を用意して、テレビを見ながら飯を食います。

テレビを見始めると、そっから抜け出せなくなって、気づいたら夕方になってます。

夕勤めを済ませ、晩酌です。

テレビはチャンネルが2つしかないので、ほとんど見ません。

親戚から借りていた「男はつらいよ」のシリーズを毎日1話ずつ見るわけです。

明日早いからさっさと寝ようって思うんですが、昼まで寝てたから全然眠くならないわけです。結局寝るのが遅くなります。次の日もやはり起きれません。

もちろん毎日こんな生活をしていたわけではないですが、ほとんどこうだったって言っても過言ではないです。

日中特に用事がなかった日なんかはたいていこうだったんじゃないかな。

こんな生活を公開するのは本当は恥ずかしいからイヤなんだけど、もしもボクが当時こんなブログに出会っていたらもう少し楽になれてたのかなって思うんです。

もしも、いまこのブログを読んでくれてる人で、ボクと同じようになんらかの負のスパイラルに陥ってる人の励ましにでもなれば、ボクの腐った生活もまんざら無駄じゃなかったのかなって思うんです。

 毎日教会周辺を神名流ししよう

そんなボクでしたが、実は会長に就任する直前にこんなことがありました。

会長就任の儀式である「お運び」を迎えるにあたり、ボクはこの地に多少なりと種まきをしてからお運びに臨みたいと思っていました。

「頑張って1人で神名流ししよう!」

と思い、教会周辺を神名流しすることにしました。

神名流しっていうのは、拍子木をカンカン鳴らしながらおつとめの歌をうたって歩くやつです。

とりあえず3日間続ける事にしました。

距離はどれくらいかわかりませんが、5分くらいの歌を4回歌える距離です。

歩いて20分くらい。

3日目、尋常じゃない吹雪です。前が見えないくらいです。

心の弱いコムヨシは吹雪にひるみましたが、なんとか自分を奮い立たせ、いつもよりは多少ショートカットを使いながらもなんとかやり遂げました。

教会に戻ると、前奥さんが嬉しそうに飛び出してきました。

「さっき床屋さん(屋号)から連絡があって、奉告祭にやっぱり参加することにしたんだってよ! よかったねー!」

実はこのとき、奉告祭への声がけも同時進行で行っていて、前述の床屋さんは教会のかまどになる家で、教会としても最も頼りにしていた家の一つでした。

ボクが奉告祭のお願いに行くと

「主人も倒れたし、娘も修養科でイヤな思いして途中で帰ってきたし、会長の交代を機に天理教をやめようと思ってます」

っていうことを言われていました。

その床屋さんが、奉告祭に来てくれるというのです。

前奥さんは続けて

「若い会長さんが頑張ってる姿を見て自分もがんばろうと思ったらしいよ」

たった3日間の神名流しで何かが変わるなんて思いもしなかったけど、現実にこういうことが起こりました。

なので、ボクの中で神名流しはとても大切なスタイルの一つで、とりわけ教会周辺の神名流しは特別なものになっていきました。

その後も、朝勤め後に神名流しをする習慣を始めると、以前より起きやすくなった気がしました。

村の人からも喜んでもらったり、感謝の言葉をかけてもらったりすると、逆にさぼりづらくなったりもして、いい刺激をもらいました。

こんな感じで、アップダウンの激しい自分自身に苦しみながらも教会生活を続けて行くのでした。

つづく

コメント

  1. 一文字隼人 より:

    はじめまして。検索をいろいろかけているうちにたどり着きました。まだお若いようですが教会長をされているのですね。陽気世界実現を目指してがんばってください。

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