【天理教教会本部を案内】伝えるのではなく語ってもらえる信頼関係をつくる

ども!コムヨシです。

先日、地元の友人夫妻を天理教教会本部にお連れしました。

ボクの友人である夫は小学校・中学校の同級生で部活も一緒にやっていました。

奥さんと会うのは2回目でしたがほとんど初対面みたいな感じだったので、ちょっと緊張しながらの旅になりました。

おぢばに案内できたという喜びは言うまでもないんですが、天理教を知らない彼らに何を見てもらいたいのか、何を伝えたいのかということを考えながらの案内となりました。

今回の旅を通してボクが学んだことをまとめてみようと思います。

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天理教の説明は足りないくらいがちょうどいい

今回の天理教教会本部の神殿案内では、一年前のG.W.団参用に用意した自作の神殿案内スケッチブックを使いました。

このスケッチブックには

  • 神殿の概要
  • 親神様の説明
  • ぢばの説明
  • おやさまの説明
  • みたま様の説明

が、絵とか図を使ってざっくりと説明できるようになっています。

今まで全然意識したことなかったんですけど、これって単なる天理教の説明なんですよ。もちろんそれが悪いってことじゃないんですけど、天理教の説明をするためにわざわざここまで連れて来たんだっけ?ってなったんです。

でも当人たちは観光のつもりで来ているので、むしろその方がちょうどいいのかもしれません。

観光目的の人に神殿案内で信仰を伝えようと思ったり、奇跡的な物事を説明しようとすると、やっぱり無理があるというか、どうしても胡散臭い雰囲気になってしまうなって感じます。

その後の会話のきっかけとなるようなポイントを、ちょっとずつ散りばめておくくらいがちょうどいいのかなって感じました。難しそうですが。

天理教教会本部は信仰を可視化できる

天理教教会本部の回廊は約1キロほどの距離があるそうですが、どれだけ参拝者の数が少ない時間帯でも「回廊拭き」をされている人とすれ違うことは珍しくありません。

誰が見てもその光景には神々しさや清々しさを感じると思います。その姿をきっかけにいろいろな説明ができるな、そう感じました。

自然な姿としてそこに信仰があって、しかも信仰という目に見えないものを可視化できる場所って、そんなにないんじゃないかと思います。

友人夫妻も何かを感じてくれたのか、「やってみる?」というボクからの問いに素直に応じてくれました。

四つん這いになっての回廊拭きは大変なので、階段を数分だけ一緒に拭いてもらいました。

不思議なもので、一旦拭き始めるととめどなく拭き続けてしまいます。階段だけと決めていたのに、どんどん範囲を広げて行く様はまさに「不思議」でした。

友人は「心が無になるね」と気持ち良さそうに拭いていました。

「なんとなくやって見た」というきっかけだったとしても、実はその姿を見て感銘を受けている人がいるかもしれないし、それがもしかしたら大きなおたすけにつながることだってないとは言い切れませんよね。

信仰の可視化は天理教教会本部の大きな観光資源だと言って過言ではないでしょう。

信仰を語る前に相手に語ってもらう

神殿案内、回廊拭きを終えて、天理本通りに向かいました。

たこ焼きを食べたいとのことだったので「味どうらく」へ。

とりあえずビールで乾杯。

なんとも言えない贅沢な時間を共有していると、友人が急に話を切り出しました。

「空港からのバスの中でたまたまコムヨシブログ見たんだけど、コムヨシって不整脈になったの?」

ボクが不整脈になった時の状況や、それによって教会長になっているという話をしたら、聞きもしないのに自身の身の上話を始めてくれました。

そこから今の会社での不満やグチなんかを聞かせてくれました。

管理職の立場にある友人は休みはおろか、帰宅時間もいつも遅く、誰かに愚痴を聞いてもらう時間もなさそうでした。

奥さんも、車で1時間かかる職場で働いているので、帰宅はいつも7時過ぎ。

夫婦でゆっくり会話をする時間もないようです。

悩みのない人なんていないし、みんな誰かに聞いてもらいたいって思ってるんですよね。

でもどうせなら共感してくれる人や、理解してくれる人、肯定してくれる人に聞いてもらいたいもんです。

身近にそういう人がいればいいけど、いなければどんどん自分の中に溜まって行くし、そのイライラが誰かへの八つ当たりになったり、いつも怒らない場面で声を荒げたりということになってしまうのかもしれません。

そんな自分がイヤになってどんどん自分を追い込んだり。

友人夫婦はそこまでいってないとは思うけど、そういう話を向こうから切り出してくれたことはとても嬉しいことでした。

今のボクができることは、この二泊三日を全力でリラックスしてもらうことだと思ったので、とにかく気を使わせないように楽しんでもらえるように努力しました。

不思議と誰かのためを思う思考とか行動って、自分にとっても清々しくて気持ちのいいものだったりします。

おぢばはもう一度行きたくなる場所

「串ん坊」で美味しいお酒や料理を楽しみながら、話はさらに深くなって行きました。

とても気持ち良さそうに話をしてくれる友人夫婦にボクも楽しい気分になりました。

帰りに「天理スタミナラーメン」を食し、詰所への帰途につきました。

夜の闇に映える神殿の前を通り過ぎようとしたら、友人から

「もう一回参拝してもいい?」

との驚きの言葉が。

さらに翌朝の朝勤めにも参拝してくれました。

神殿にいる全員が拍子木に合わせて、歌いながらお勤めを勤める姿はとても印象的だったようで、

「明日の朝勤めも参拝する!」

と息巻いていました。

結局、観光で歩き疲れて起きれなかったんですが、駅へ向かう途中に参拝してくれました。

信頼関係を深めるてこそ伝わるものがある

今回の旅で一番感じたことは、どこまでいっても人は信頼関係で結ばれているということです。

友人夫婦が今回天理に来てくれたのも、ボクとの信頼関係があったからだと思うんですが、天理で無理に信仰を伝えようとするよりも、今ある信頼関係をさらに深めるための時間にするという意識が大事なのかなと感じました。

天理教人を増やしたいわけじゃなく、陽気ぐらしができる人を増やしたいだけなんですよね。

そのためには天理を見てもらうこと以上に自分自身を見てもらうっていうことがもっと大事だと思います。

この人みたいになりたい。

この人の生き方の秘密を知りたい。

そんな人間になることが一番大事だと思いました。

今回の旅でたくさんのことを学ばせてもらいました。

今日も一日陽気ぐらし!

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