仕方ないからって諦めてませんか?そのシステム、まずは疑ってかかれ。自分が納得できることをやろう。

考え方

こんにちは、コムヨシです。

いま、天理教のお仕事の中で、いくつかのプロジェクトに携わっているんですが、企画的にも運営的にも大分限界にきていると感じます。

そのプロジェクトに限らず、天理教全体の雰囲気として完全に限界にきていると感じています。

それが何故なのか、どうしたらいいのかっていうのをまとめてみました。

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仕方ないと諦めている

天理教の雰囲気が沈滞しているのはズバリこれです。

「今までそうだったから」

「そういうもんだから」

「仕方ないんだから」

そういう雰囲気をすごく感じていました。
なんでいつもこんな不毛な会議や行事をしなければならないんだろうと感じてきました。

目的がないから行動できない

もう一つ決定的な理由は、

天理教の中にある色々な組織(青年会、婦人会、教区、支部、大教会 etc)を組織している人っていうのは、そもそも何かがやりたくて集まっているメンバーではないということなんです。

どんな人達で組織されているかというと、語弊を恐れずに言うと、教会の力関係において極めて上層部の人達で組織されています。

そして青年会は大教会を組織している上層部の子ども達で組織されている。

そこには、本人の意思以上に、単なる立場だけで集められている向きが強いです。

つまり、その組織で何かやりたい事があって入会しているわけではない場合がほとんどなんです。

かくいうボクもそうでした。建前上、大義名分はあるにせよ、「相応の年齢だから」「それなりの教会の息子だから」それだけです。

ボクの何か特別な魅力を買われて誘われた訳ではないし、ボクもその組織に何か魅力があって入会したわけでもないんですね。

一方で、会議では暗い雰囲気になっているけど、いざ一対一でお酒を飲んだりすると、だいたいみんなボクと同じ様なことを感じていたりします。

じゃあなぜ行動しないのか。

結局のところ

「今までそうだったから」

「そういうもんだから」

「仕方ないんだから」

っていうことなんだろうと思います。腹立ちますよね。
でもそのお陰でボクは、自分で超大赤字のバス団参を企画したり、自分の頭で考える習慣はつきました。皮肉なもんです。

【こどもおぢばがえり】バス団参の大赤字から見えた新しい景色

「みんなが何となくやってることに疑問をもつ」

Hi-Standardというバンドをご存知でしょうか。ボクが大好きなバンドです。

そのバンドがバンド史上最大のピークを迎えた最中に突然の活動休止を発表します。

その後、紆余曲折を経ますが2011年の震災を機に電撃復活します。

そして昨年10月SNS全盛のこの時代に逆行して、完全告知無しでいきなり店頭販売したんです。

リリースに先駆けた彼らのインタビューの中で、彼らは自分たちが特別な事をやったという意識はないとした上で、

「みんなが何となくやっていることに疑問をもってた」

と言います。

ボク、この感覚が今の天理教に最も必要な感覚なんじゃないかなって思うんです。

やりたくもない事を、どうやったら楽しく出来る様になるかっていうことを考えるのは大事なことかもしれません。
でも、ボクらはやりたくないことをやるために、天理教をやっているんでしょうか。違いますよね。

モヤモヤしたまま暮らすより、どうせやるなら、失敗するかもしれないし、誰かに怒られるかもしれないけれど、自分が納得できることをやるほうが人生豊かに決まってます。当たり前です。

その先に陽気暮らしが見えてくるはずです。ボクはそんな方法で陽気ぐらしに向かいたいです。

そのためには、そのシステム、まずは疑ってかかりましょう。

今日も一日、陽気ぐらし!

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